小説を書くこと

わたしは、特に勉強しなくても、いつも国語のテストは満点か、90点台でした。よく色んな人から、作文上手だと言われてきました。小さい頃は、両親が読書家だったので、親から本を読めとよく言われましたし、確かに本を読むこともけっこうありました。

 

高校生の時に、インターネットで、個人サイトを作っていました。まだ、SNSもブログサービスも無かった時代で、みんなHTMLを覚えたり、ホームページビルダーのようなソフトを使って、サーバーをレンタルして、個人サイトを作るのが主流でした。

わたしは絵を描くのが好きで、高校の時は美術部で、デッサンを描いたりしていました。

だから、自分のサイトに、絵を載せていました。そして、ただつれづれと、日記を書いて、それも公開していました。

 

ある時、ライターの女性が、わたしのサイトの日記の文章を読んで、わたしにメールを送ってきました。

「あなたの文章の才能は、とても素晴らしい。あなたは絵を描くのが好きみたいだけど、いつか小説を書いたり文章を書いていくことを、ぜひオススメします。あなたはその気になれば、文章で食べていけるだけの、類稀なる文才を持っている方です」

というメールでした。

でも正直なところ、当時のわたしの将来の夢は、イラストレーターになることで、文章を書くということは、あまりピンと来ませんでした。

 

その後に、ブログサービスが充実し、SNSも登場しました。わたしは当時流行っていた、mixiというSNSで、文章を書いていました。そのところ、多くの人から「あなたは文章が上手で、とても面白い」と次から次へと言われました。

 

わたしは、イラストレーターになりたかったのですが、絵を描いていくことで、とんでもないトラウマ的な出来事や、ひどい思いをして、絵を描かなくなりました。絵を描こうとすると、嫌な思い出が、頭の中でフラッシュバックしてしまうようになりました。

 

そして、時間は飛びますが、23歳の時に、東京に住む、還暦間近のおじさんとmixiで知り合いました。

その人は、わたしの文章と人となりに関心を持ってくれました。

東京に行って、その男の人と出会って。気がついたら、東京-札幌の、遠距離恋愛をしていました。

その人は、とてつもない読書家でした。古今東西、ありとあらゆる書物を読みあさっていました。そしてすごいのが、その人は文藝春秋の営業部長と友達だし、その人の妹さんは、専業作家でした。

 

わたしはその男の人の強い勧めで、24歳頃から、見よう見まねで小説を書き始めました。

わたしはとても飽きっぽいところがあります。でも、その小説は、原稿用紙250枚分の、中編小説になりました。

その男の人も「飽きっぽいあなたが中編小説を一本形にしただけで、適性があると思う」と言いました。

そして、26歳の時に、出版社の文学賞に、小説を応募しました。

 

結果、一次で落ちました(笑)

その文学賞には、1500人の応募があり、一次を通過したのは、50人だったそうです。

まあ、初めて書いた小説だし、そんなものか、と思いました。

 

それからも、小説を書くことにチャレンジしましたが、どうしても途中で続きが書けなくなって、中絶したりを繰り返し。

現在、大スランプ中です。

目標もなくぶらぶらしてたわたしが、ようやく小説を書くという目標を得たのに、ずっと小説の続きが書けずじまい。

最近は、少し、小説から離れてみるか、と思いました。

 

でも、いつか、一生に一度でいいから、自分の書いた小説が、出版社から出版されれば。

わたしはそれだけで、幸せです。